日本人であるために

2021年6月 9日(水)

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海外の国を訪れたり、また、そこで生活したことのある皆さんなら感じたと思いますが、日本人というのは世界の中でもかなりユニークですよね。私自身も、日本人の独自性とその原因についていろいろ考えてきましたが、ようやくこの頃私なりの結論にたどり着くことが出来ました。それは「日本の自然」がとてもユニークだからということです。
 皆さんはピンと来ないかもしれませんが、日本は世界でもまれにみる自然の宝庫で、その多様性と変化の豊富さは世界一でしょう。南北に連なる島々は、亜熱帯の沖縄から亜寒帯の北海道まであり、多くの山と豊富な雨量が緑豊かな森林を、そして暖流と寒流が世界でも屈指の好漁場をもたらしています。また、四季移り変わりも加わり、驚くほど多様性と豊かな自然の恵みをもたらしてくれています。実際、日本では縄文時代前期中葉のころ、三内丸山遺跡という500人クラスの集落があったことが青森県で発見されました。またそこで世界最古の土器が発見されており、集落の内容や世界最古の土器の発見から、狩猟時代にもかかわらず、農業や牧畜なしに既に大勢で定住していたと推測されているのです。いかに自然から得られる食べ物が豊富だったかの証でしょう。

 そんな豊かな自然に囲まれて育った日本人は、当然ですが自然に対する感謝を持ち、崇め、自らも自然の一部として、自然との調和を保ちながら暮らしてきました。私は、人間だけでなく、動植物も、山や海も、全体で一つという感覚から、日本人の「和」の精神が生まれていったのだと思っています。また、日本人の繊細さ、環境の変化を感じる力も、多様で、日々変化していく自然を感じながら生きていたお陰で育まれたものだと思います。

 一方、厳しい自然の中で、しかも他民族が襲ってくるかもしれない環境で生きていかねばならない他の多くの国の人々にとって、自然は人間が克服しなければいけないものであり、他民族も支配する対象であったことは生きていく上で不可欠なことだったでしょう。しかし、そんな厳しい環境中で自然を克服して生きていこうという切実な思いが、科学を生み、産業革命を生み、どんどん人間の都合の良いように自然を作り変え、今日の物質的に豊かで便利な、また食べることに不自由しない近代社会を作り上げる原動力になったことは間違いないでしょう。ただ今日に至って、人間の為に自然を犠牲にし、自分のために他人を蹴落としてまで、物質的、金銭的な欲求をとことん追求する生き方に大きな疑問が持たれる時代がやって来ました。そういう意味で調和を優先する日本的な価値観、自然観が求められる時代、日本人の出番がやってきたと言えるでしょう。

 しかし日本人はここで大きな問題に直面していると思います。それは、日本人のユニークさ、素晴らしさの源泉である日本の豊かな自然との接点が失われつつあるということです。かつて多くの日本人が豊かな自然を感じながら生きてきました。しかし近年は、人工的な建材で作られた機密性の高い建物で寝起きし、通勤では車や電車に乗り、事務所に至っては窓を締め切り年中エアコンで快適な温度の中で仕事をしています。食生活もコンビニなどで、海外の食材を加工した食材を電子レンジで温めて食べるのが当たり前になってしまいました。
 田舎でも、ビニールハウスの中で光や温度、それに栄養分も人工的に管理された野菜づくりが主体となり、まるで工場の中で働いているようです。また明治維新、第二次世界大戦後と、欧米の方が進んでいると好んで彼らのものを受け入れ、日本的な価値感や文化を疎かにしてきました。若い人を中心にアウトドアや農業ブーム、また日本文化への関心が高まっているのは、無意識のうちにこのような危機感を感じているせいかもしれません。皆さまも出来るだけ四季の変化を感じる機会を持ったり、地元の旬の食材を中心に料理してみるなど、日本の自然を「感じる」機会をもって見られたらいかがでしょうか。企業もこのような日本人らしい感覚を大事に、世界で活躍する日本企業こそ、これからのねらい目かもしれませんね。

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多根幹雄