生まれた奇蹟、出会いの不思議

2017年11月10日(金)

個人的なことで恐縮ですが、10月のはじめに父を亡くしました。何かと話題に事欠かない生き方をした人間でしたが、その中の一つにカジノ通いがありました。仕事柄ヨーロッパに行く機会は多かったのですが、どこどこの街にカジノがあると聞けば、好んで訪れたようで、ヨーロッパの大抵のカジノは制覇したのではないかと思います。ホテルに何泊もしながら、普通の日本人なら躊躇するVIPルームにも足を運び、ディーラーと一対一でやりあうというようなこともやっていました。流石に世界一流のカジノとなると、そう簡単には勝たしてくれませんが、たまに大勝ちさせないと、お客は戻って来てくれません。ということで、五回に一回ぐらいはしこたま大金を手に入れるのです。

面白いのはその使いみちです。骨董屋を回っては日本刀や火縄銃、かわったところだと日本のことが書かれた安土桃山時代のポルトガルの書籍なども買い込んでいました。しかし、彼がもっとも好んで買い入れたのが「化石」でした。彼は化石を何箱もごっそり買い込んでは、日本にせっせと送っていました。沢山化石が貯まると、今度は自分が経営するメガネ店で化石展を開くようになりました。化石を実際手に取ってみれることや、後に科学雑誌ニュートンの編集長になる東大の竹内均先生などをお呼びしてわかりやすい講演もしていただくなど本格的なもので、特に子どもたちに大好評でした。ただ、あちこちに化石を持ち回りで展示していると、化石がいたんでしまいます。その後、いろいろ経緯があって、彼の父の故郷である島根県の奥出雲に化石の博物館を開館することになりました。

前置きがかなり長くなってしまいましたが、今日の本題はここからです。この奥出雲の小さな化石の博物館ですが、そこでは多くの化石に加えて宇宙の誕生から我々人間が産まれるまでの気の遠くなるような時間と、その間に起こった創造を絶する環境の変化が展示されています。この博物館のテーマが「生まれた奇蹟と出会いの不思議」なのです。父はこの博物館の研修室で毎年このテーマで新入社員教育を行うのがライフワークになっていました。その内容は「我々が今日この地球上に存在すること、それはこの地球に生命が誕生してから今日まで、我々の祖先は命を絶やすこと無く、あらゆる環境の変化に対応することができたからに他ならない。そう考えると我々が生まれた事自体が奇蹟であり、またそれだけにあらゆる環境の変化にも対応可能な遺伝子を持った先祖の子孫であるということである。そんな奇蹟の申し子とも言える我々だけど、不思議なご縁で出会うことが出来る人はほんの一部である。」―これが、小さな博物館の大きなテーマです。

そんな大きな可能性に満ちた我々のはずですが、父は生前「自分の可能性に気づかないで、そのまま一生を終えている人がいかに多いか」と嘆いていました。どうしてそうなってしまうのか。人の評価を気にしたり、目先の損得に目を奪われたりで、本当の自分の生き方に気づかないからでしょうか。もしかしたら、充分な資産を確保し、お金から自由になることが出来れば、少しはご自分の本来の生き方に気付くことになるのでしょうか。「一生一回」。これも父が良く言っていた言葉です。長期投資との出会いをきっかけに、皆様らしい生き方を、そして納得行く人生を、みつけていただくことになればこれほどの喜びはありません。

11月 月次レポートより

多根幹雄